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学術、科学技術がかかわる世界でいま何が求められているかを、第一線の研究者やジャーナリストに提言してもらいました。
文化的余裕ある社会を-科学技術政策推進機関の使命
物質・材料研究機構 理事長 潮田 資勝 氏
(掲載日:2010年8月5日)
現在日本では国際的に通用する人材の育成が盛んに論じられているが、“国際的に通用する”が意味するのは(現時点では残念ながら)優勢な西欧的システムの中で対等に競争できるということに尽きる。(それが望ましい人物像とは限らないが)そのような人材を育てるためにはどうすればよいか。まず、教育の仕方を変える必要がある。日本では小・中・高校を通じて受け身の教育が多い。自分から発信する訓練が不十分なので、自己主張をする能力が養われにくい。その結果、ディベートによって論理的に相手を説得する能力が育たず、交渉力も弱い。米国ではその逆である。初等・中等教育の段階から積極的に他人とインタラクトし、議論する習慣を養うべきである。
大学教育で感ずるのは、日本ではリベラルアーツ教育の重要性が十分認識されていないことである。リベラルアーツ教育の主な目的は学生に自分の置かれた空間的、時間的、社会的な位置を認識させることにある。人はそのような認識をもとに周りに働きかける。従って、いま自分という人間が社会的、時間的(宇宙・歴史的)、地理的(国際的)にどんな位置にいるのかについて、正確に理解していることが大切である。そのためには、科学から人文系学問にわたる広い教養が必要である。最近日本の多くの大学ではそのための教育をほとんどしなくなった。米国のエリート校では、プロフェッショナルな訓練は大学院で行い、学部の間はリベラルアーツ教育に力を注ぐ。私が学んだダートマス大学では“民主主義社会をリードする人間を育成する”ことを大学の基本理念として掲げている。
リベラルアーツ教育によって、自身の専門分野以外のこと(芸術、文学など)にも広く興味を持つ人間ができあがる。従って研究者として専門の研究を行っていても、周りの人がやっていることに好奇心を持つ。このような教育的背景から異分野交流も盛んになるのである。日本の研究者は早い時期から専門教育で育ってきているため、他の人のやっていることに対する関心が薄い。そして子供のころからの教育のせいでディスカッションを好まない。ともすれば興味範囲の狭い人間ができてしまう。
日本では、科学者やエンジニアは研究やもの作りに専念すればいいと考えられがちで、彼らにも文化的素養が要求されるという意識が弱かったように思われる。これは江戸・明治期の日本が科学や技術の面で西欧社会に後れを取り、西欧帝国主義の植民地にされないために富国強兵にやみくもに走りつづけた故でもあろう。リベラルアーツなどというのんきなことは言っていられなかったのである。これからはもう少し文化的に余裕のある社会を構築したいものである。
日本の大学では、相変わらず一つの大学に長く定着したいという人たちが多いようだ。同学出身者の率を3割以下にしようという提案には、顔をしかめる人が多い。18歳から63歳の定年まで45年間も同じ大学に居て、果たして良い仕事ができるのだろうか。米国ではある意味で学者もスポーツ選手のようなもので、トレードして初めて価値が決まると言われる。私は、上品な先生から品がないと言われそうな比喩(ひゆ)を時々使うのだが、株式は売買されないと市場価格が決まらない。同様に人も動かないと本当の価値は分からないことが多い。日本の科学界がトップは高いレベルにあるのに、層が薄いと言われるのはこんなところにも原因があるのではなかろうか。
さて、われわれ物質・材料研究機構(NIMS)は科学技術振興機構(JST)と同様、文部科学省所管の独立行政法人である。第3期科学技術基本計画の実施を機に、政府は国の科学技術政策の姿勢をいわゆる出口指向に改めようとしている。いま、この地球上で、環境・エネルギー問題や食糧と水の不足など、緊急に解決しなければならない課題は山積みしている。こうした課題解決に向けて、重点的に研究開発を行っていこうという考え方だ。われわれはこうした考え方を真摯(しんし)に受け止め、政策に沿った研究開発を実行していく。
その一つが、「ナノ材料科学環境拠点」の設立である。文部科学省の「ナノテク材料を活用した環境技術開発プログラム」に応えて作られた拠点で、エネルギー・環境問題解決のために4つの出口課題(太陽光発電・光触媒・二次電池・燃料電池)を設定し、産業界や大学、独立行政法人から第一線の専門家を集め、基礎・基盤的な研究を徹底的に進めることによって課題を解決していこうというもので、そのホスト役をNIMSが果たす。この拠点を伸ばすことによって、二酸化炭素(CO2)の25%削減をうたった国の施策に、できるだけの貢献をしていきたいと考えている。
もう一つは「MANA(国際ナノアーキテクトニクス研究拠点)」である。設立2年半を経過し、著名な研究者のリクルート、外国人研究者比率過半数、英語の公用語化の実現など国際化推進の成功によって現在高い評価を得ている。研究についても成果が現れはじめ、ナノテクの新しい方向づけをするための探索研究を行うと同時に、ナノシートや原子スイッチ、光触媒など、将来の応用に花開く成果を積み上げている。MANAは、21世紀の持続可能な社会の実現に向けて革新的な材料を創り出していくことによって、設立10年後には世界トップレベルの研究拠点になることを目指している。
中期計画第3期では、従来のように物質・材料研究そのものに集中するだけでなく、研究者コミュニティに対するサービス、産業界に対する技術支援、研究情報に関するシンクタンク機能などにも十分な予算と人員を投入する考えである。このように国の科学技術政策の推進に寄与しながら、科学技術政策の策定そのものにも貢献することが、NIMSのこれからの使命だと認識している。
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潮田 資勝(うしおだ すけかつ) 氏のプロフィール:
東京都立日比谷高校卒。ダートマス大学、ペンシルベニア大学で学び、1969年ペンシルベニア大学院博士課程修了。同年カリフォルニア大学アーバイン校理学部物理学科助教授、74年同准教授、78年同教授。85年東北大学電気通信研究所教授、2004年北陸先端科学技術大学院大学長、08年 物質・材料研究機構フェロー・NIMSナノテクノロジー拠点長、09年7月から現職。専門分野は物理学、表面物性。08年から国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)会長も。
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